|
管理人Tです。
7年半も経つのですね。短いようで長いような。
さて私自身、このサイト、特にBBSはいつまで続けるんだ?と自問自答したことも多々あります。
喧嘩の仲裁、暴言への忠告、スパム対策、、その他もろもろ。
BBSを管理することは日課となり、ストレスともなり…、
けどそれ以上に
ずっと続いて書き込んで下さる皆様がいることが喜びでもあり……。
もちろんBBSについては、nonbyさんをはじめ
皆様のご好意により成り立ってきたというのが、とてもとても大きな要因です。
この場で、あらためて感謝申し上げます。そして、今後ともよろしくお願いします。
この7年の間にインターネット・インフラの世界もずいぶん変わりました。
そろそろ、独自ドメインを、と想いながらも、出版された「藤井将雄物語」にも載ってるし、
変えたくないという思いが強かったというのもあります。
けど、管理人の個人的な事情で本当に申し訳ないのですが、今回、新しいアドレスで、再出発することになりました。
中身は何も変わりません。個人的には大きく変えるつもりもありません。
リニューアルオープンではなく、単なる引っ越しです。
掲載情報についても、経年変化とともに、今となっては古くなった情報も、
そのまま掲載している箇所もあります。数か所、不具合もあるかも?です。
いつまで継続するのか?それは本当にわかりませんが、
本サイト、そして“マスター”と本BBSを愛して下さる方がいる間は、できる限り続けたいと思っています。
今後とも、末永くご愛顧くださいますよう、よろしくお願いします。
2007.10.08
管理人のOです。
実は私がHPに出てくるのは下の文章以来2回目です。
まさか2回目の執筆がこういう形であるとは思いもしませんでした。
確か8月の初頭だったと思うのですが、「唐津へけぇ!」の写真をMさんからお預かりした際に、自宅療養中の藤井投手と電話でお話ししました。
「本当に素晴らしいホームページを作って頂いてありがとうございます。そのうち、みんなでご飯でも食べに行きましょう」と、とても病人とは思えない元気な声でおっしゃっていました。
それ以前にお逢いした時も、日に焼けた快活な表情でしたし「そろそろ1軍ですか?」と聞いていたくらいなのです。
そんな訳で、私にとって藤井投手は元気を濃縮したような印象しかありません。
今回の悲報は寝耳に水だったのです。
正直申し上げて、私はこのHPを作って本当に良かったのだろうか?と思ったりもしました。
親族の方のお話しによると藤井投手は「野球を続けるには弊害になるから」と鎮痛剤の処方も拒否したとの事でした。
つまり私達の知らない所で想像を絶する闘病生活を続けられていたのです。
その闘病生活の半年間、このHPは藤井投手にとって決して小さな存在では無かったような気がします。
もしかすると、HPが無ければもっと治療に専念できたのでは?と考えると自責の念に駆られます。
ただ、病室での藤井投手を知る方から「最後までパソコンを楽しそうに眺めてました」と伺い、少しだけ気持ちが楽になりました。
一方、Mさんは藤井投手の闘病生活を目の当たりにされていましたし、状況を理解されながら「それ行けまちゃお!」を執筆していたのだと思います。
その苦しみは私達の比ではなかったであろうと、心中をお察し致します。
元々、このHPはMさんの呼び掛けに、私達がお手伝いをさせて頂いたものです。
私達は器を作ったに過ぎず、このサイトを真に運営していたのは藤井投手とファンの皆様でした。
色々なHPを制作する機会に恵まれた私ですが、これほど集う人達の心の通い合うサイトはありませんでした。
この半年間は私にとっても幸せな時間だったのです。
藤井投手は、選手であると同時にホークスのファンだとおっしゃっていましたし、野球を心から愛しておられました。
ですから、これからはホークスや野球のファンが集うサイトになるのが一番喜ばれるのではないかと思います。
今、改めて藤井投手の日記を読み返すと、沢山の符合に満ちているように思います。
骨の随まで野球を愛した故人の肉声が聞こえてきます。
そして、満員の観客の声援と1等賞の二つを手にした藤井投手は、やはり野球の神様にも愛されたのだと思います。
氏のご冥福を心からお祈り申し上げます。
2000.10.19
|